中高年が英語を話せるようになるまでやってきた学習履歴
47歳のとき、
「もう英語を話せるようになるのは無理だから止めたら‥」
と言われたけれど、
無謀と思われた中高年からの再挑戦の結果は、英語コンプレックスからの脱出と海外フレンドとの楽しい交流という、かつての自分では考えられなかったものとなりました。
おかげで、強い決心で真正面から取り組み続けるならば、必ず達成できるのだという貴重な自信を、得ることができました。
過去に何度も挫折してきたのですが、切羽詰まった中での再挑戦が良い結果に結びついたのです。
今から思えば、とても幸運だったと思えるいくつかのことがあって初めて、壁を乗り越えることができたと感じています。
同じ中高年で今まさに英語と取り組んでいる人もおられると思うので、参考になるかどうかわかりませんが、自分がやってきたことについて書いてみたいと思います。
「何を、どうやって、どのくらいやったら、どうなったか‥」です。
今後まとめていく内容
今後、書いていこうと思っているページタイトルは次の通りです。第1部、第2部、そして第3部と分けてまとめていきます。
(1) ベトナム武者修行編
1) 海外長期出張と必要性からの短期英会話教室
2) 初めてカタコト英語を使って開始したベトナム生活
3) 日本人クラブという英会話の最適な実戦道場
4) 楽しいけど苦しい日本人クラブでの集中トレーニング
5) 家庭教師アルバイトを頼んでの日曜喫茶店英会話教室
6) 遊園地のボートで初めて連続30分間の世間話
(2) 中国広東省修行編
1) ・・・
(3) 帰国後オンラインレッスン編
1) ・・・
切羽詰った事情
2001年の47歳のときに、急に海外へ長期の出張指示がありました。
「なぜ?英語が話せない自分が‥」
と、何か大変なことになったなと、心がザワついたのでした。
今は海外出張など、まったくあたりまえの気にするようなことではありませんが、20年も前は、「海外出張」「アジアの発展途上国」「共産主義国」= 危険な未開の地に島流し‥的なイメージを抱いたものでした。
しかしその後の説明では、ベトナムは以前はフランス領であり、かなりの部分で英語が通じるとの話。
建築士としてのスキルを評価されて受けた指示は、避けて通ることができないものだとわかって、「やるしかないっ!」と腹をくくったのでした。
会社ではベトナムに工場をつくるためのプロジェクトが開始され、急遽スタッフのコミュニケーション能力を上げるため、英会話学校と契約し講師の派遣を決めたのでした。
私はすでに先陣隊として確定しており、出国までは2ヶ月しかなかったので、即座にオフィス内で行われる英会話教室の受講を申し込んだのでした。
a:1970 t:1 y:0